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水俣・胎児との約束―医師・板井八重子が受けとったいのちのメッセージ

クイズ付き書評
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矢吹紀人 著 大月書店 刊

人間では、奇形や流産、死産の報告がほとんど無かったため、妊娠初期の胎芽期には、有機水銀は影響しないと言われていた1980年代、この仮説に疑問を持ち、膨大な調査によって「妊娠異常」が起こっていたことを明らかにした女性医師の活動を中心に、有機水銀の危険性を世界の科学者たちが問題視する中、国民の健康と幸せを追求しない日本の行政の構造的欠陥とも言える無責任体質を暴く、渾身のルポルタージュです。


高度成長時代に子ども時代を過ごしたサイト主は、東京オリンピック、大阪万博と、日本中が好景気に沸き立つ中、公害問題が深刻な社会問題となっていた記憶があります。森永ヒ素ミルク事件、イタイタイ病、サリドマイド事件、四日市ぜん息、スモン病、六価クロム事件、四日市ぜんそく、アスベスト問題……。水俣病もまさにその一つでした。

縁あって本書を読むことになったのですが、それまでは、

もう汚染水を海に流すこともなく、水俣病の原因となった汚染物質による被害は昔の話なのだろう

と思っていました。ところが……

第1問)現在水俣に住む人びとの平均毛髪水銀値は1.53PPM。千葉県住民の平均毛髪水銀値は3.35PPM、宮城県住民の2.38PPMと、水俣市住民より遥かに高くなっているそうです。その原因は……

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有機水銀汚染は今も続く問題だったのです。

第2問)では、有機水銀はどのようにして「絶対安全」と考えられていた胎盤(水銀と同じように人間にとって毒性の高い物質であるカドミウム砒素などは、胎盤で守ることができるそうです)を通過して、胎児のなかに入り込んでしまうのでしょうか? 

メチル水銀(有機水銀の一つ。水俣病の原因として同一に語られる)は、アミノ酸の一種である「?????」と結合することができます。?????脳や胎児時の????????なので、これと結合したメチル水銀も脳血液関門胎盤?????してしまいます。これは、他の重金属類ではみられない特性なのだそうです。

さらに悲しいことに、母体のような排泄経路を持たない胎児は、母親よりメチル水銀の蓄積が起こりやすいため、??のほうが???より血中メチル水銀濃度が低くなってしまうのだそうです。母親にとって何よりも大事な胎児が母親の分まで有機水銀を吸収してしまうなんて。こんな辛いことがあるでしょうか……。

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第3問)化石燃料の燃焼による大気中への水銀の放出は一番の問題なのだそうです。水銀は自然界のなかでメチル化(メチレーション)し、????を通じて人間に大きな影響を与えます。そして何よりも恐ろしいのが、妊婦の体内に入り込み、胎盤を通じて胎児に移行してしまうことです。

今も世界中に広がりつつあるメチル水銀の「微量汚染」を胎児に移行させてしまわないために、将来にわたって十分な考慮がなされなかればならないと著者は警告しています。

メチル水銀の環境基準には、日本で起きた新潟水俣病の研究が考慮され、1976年にWHOが定めた「水俣病の最低発症の体内蓄積量を成人で25mgとし、毛髪水銀で50PPMが危険値」という数値があります。このときは胎児への影響について「さらに研究が必要である」とされ、具体的な数値の設定にはいたらなかったそうです。しかし、海外では以下のような問題が発生、研究が進んでいきました。

南米アマゾンでは、水銀をまぶし、それを飛ばして金だけを残す金採掘のため、川の下流住民に水俣病のような症状が発生(元国立水俣病総合研究センター部長・赤城洋勝国際水銀ラボ所長が現地調査)。

・国連環境計画(UNEP)の調査によると、北極海の氷を縦に切り出して水銀濃度をはかると、地表に近いほど水銀濃度が高くなることが判明。

フィンランドやニュージーランドなどの非人口密集地域にある湖の水銀濃度が年を追うごとに上昇

1971年、イラクでメチル水銀消毒された播種用の小麦を食用のパンに流用したことよるメチル水銀中毒患者が多数発生、459人が死亡した。追跡調査によって子どもに影響が出る妊婦の毛髪中水銀値の最低値は10~20PPMであった。

1986、88年に発表されたニュージーランドの研究によると、妊娠中週3回以上魚を食べた母親の毛髪中水銀濃度は1000人中73人が6PPM以上、最高値は86PPMで、生まれてきた子どもの追跡調査では「異常がある」「疑わしい」子どもたちが51%と、対照群の17%に比べ、有意差が認められた

ニュージーランドやカナダでの調査結果から、より厳しい基準値が必要であり、とりわけ妊婦の食生活に関して、きちんとした規制値をだす必要性が議論され、WHOILO(国際労働機関)、UNEP(国連環境計画)で構成するIPCS(国際化学物質安全性計画)は1990年4月メチル水銀に対する新しい基準値を出して世界に通知します。

「成人については、毛髪中水銀値50PPMだが、妊婦の場合は10PPMから20PPMであっても胎児に影響が起こる可能性があり危険である」

さらにこの新基準は、魚を多食する住民で、妊娠可能な女性においては、毛髪中水銀濃度20PPM以下でも、調査する必要性があることを強調し、世界各国が妊婦や幼児に対する魚介類摂取制限を打ち出すようになりました。

????は魚同士でも起こります。より??の魚は??の魚を食べることで体内のメチル水銀濃度が高くなります

・イワシ………………………………………………0.02PPM
・アジ…………………………………………………0.04PPM
・サバ…………………………………………………0.09PPM
・マグロ………………………………………………0.8PPM
・メカギジ……………………………………………1.0PPM
・肉食クジラ…………………………………………1~40PPM
・歯のないヒゲクジラ(ミンククジラなど)……0.02PPM(餌がプランクトンであるため)

IPCSの通知を受けて各国は魚介類摂取制限勧告を出し始めます。

・アメリカでは2001年に魚介類摂取制限勧告を発表。
  FDA(食品医薬品局)……「妊婦、授乳中の母親、幼児」は「サメ、メカジキ、アマダイ、サワラなどの大型魚の摂取を禁止。その他の魚類は週340gまで」
  EPA(環境保護局)……「妊婦」は「種類を問わず淡水での釣り魚は週226gまで」

・ニュージーランドとオーストラリアは2001年に勧告。
  FS(食品基準局)……「妊婦と妊娠希望女性」は「サメ、エイ、メカジキ、バラマンディ、銀サワラ、オレンジラフィー、リング、ミナミマグロなどの魚の摂取は週4回まで」

・イギリス
  FSA……「妊婦と授乳中の母親、妊娠希望女性」は「週にマグロ缶詰2個またはマグロステーキ1枚まで」

カナダ、ノルウェーなどの漁業国も続きました。

それに対して日本の対応は常に後ろ向きでした。

日本では、熊本県の委託を受けて熊本大学が研究、1973年に県知事に提言したことで、「水銀パニック」が日本中に起こったため、急遽、事態を沈静化させる目的で厚生省が、
・「魚介類中の水銀をメチル水銀で0.3PPM、総水銀で0.4PPM
という暫定基準を定めるに留まっていました。

・世界的な「胎児保護」の圧力を受け、2003年になって初めて、厚労省薬事食品衛生審議会は「1回の食事量を60~80g、バンドウイルカは2ヶ月に1回以下、ツチクジラ、コビレゴンドウ、マッコウクジラ、サメ(筋肉)は週に1回以下、メカジキ、キンメダイは週2回以下」という魚介類摂取制限勧告を出しました。これには???類が含まれていませんでした。

・各界からの指摘を受け、厚労省は2005年に「クロ???」「メバチ???」「クロムツ」などの9種類の魚類を追加しました。

本書の第3章「環境行政は何をやってきたのか」を是非読んでほしい。環境庁がどんな圧力を掛けて、IPCSの新基準を公にしようとする熊本日日新聞の記者を黙らせようとしたのかが克明に記されています。

特にひどいのが、水俣病被害者団体が相次いで抗議に訪れた1989年に環境庁特殊疾病対策室が記者クラブで開いた緊急記者会見のやり取りです。環境庁の配布した文書には、

「……新聞記事等に出ている”素案”なるものは、IPCSの担当者が各国の専門家に意見を聞くためのたたき台的なものとされているものであり、IPCSとしても当然非公表扱いとして……関係国の行政機関にも参考に送付されているものである。したがってそもそも公開されるべき性格のものではないと考える。」と記載されていました。

ところが、その5日後、熊本日日新聞の記者がWHOのIPCS米国事務所に電話し、改定作業にかかわるジョージ・C・ベギン博士に直接インタビューしたところ、

「(環境庁はIPCSからの文書の公表を拒んでいる。公表されたらまずい性格の秘密文書なのか?)そんなことはない(笑い)。すべて公の情報でありオープンな公開文書だ……」

と、環境庁のついた嘘はすぐにばれてしまいます。

その後、1990年に衆議院環境委員会で野党議員が追及してようやく明らかになった環境庁研究班による調査結果には、担当した4名の学者の氏名と肩書が黒く塗りつぶされており、IPCSへの批判の根拠も薄弱なものでした。

本書には当時の記者の名前は記されていますが、環境庁の担当者名は記載されていません。「記者は役人たちに『当時のできごとをどう考えているのか、(事件から15年以上たった)いまこの時点で、あの役人たちの胸に突きつけてみたい』」と結ばれていますが、本当に彼らはその後、どう思っているのでしょう? 逃げ切ったつもりなのでしょうか? 行政担当者の匿名性も問題にすべきではないか、森友学園問題の財務省理財局長佐川宣寿氏のように、責任を追及されるべきではないか、そう感じました。

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第4問)1985年の日本衛生学会で、赤木洋勝国立水俣病研究センター基礎研究部生理室長は「ジチゾン抽出ーガスクロマトグラフィー」による魚介類中のメチル水銀分析について報告します。独自開発されたこの新しい水銀分析法は「赤木法」と呼ばれ、1990年の国際水銀シンポジウムでの講演とその後の出版によって世界から注目され、各国から分析依頼が殺到します

この「赤木法」は2つの点(メチル水銀値が高く出る、日本の基準を超えてしまう)で日本の学会に物議を醸しました。

1969年、スウェーデンの科学者、アーネ・イェネレブらが世界で初めて、環境中で無機水銀が有機水銀化(メチル化)する事実をつきとめました。その後、赤木氏が長期間にわたり調査した結果、魚肉中の水銀は平均99.7%メチル水銀となっていることを1985年に明らかにしました。

これに対して、国はメチル水銀の検出法として「公定法」を採用しており、1973年に「水銀パニック」対応で出した暫定基準では、総水銀値に75%を乗じたものをメチル水銀としていました。

公定法のもととなった「ヴェステー法」は1969年にスウェーデンの科学者、グンネル・ヴェステーによって開発された手法ですが、非常に不安定で有機水銀の回収率が悪く、ヴェステー自身が「この手法による場合は補正が必要である」と後に改良を加えています。1988年に「赤木法」を取り上げた新聞記事には、日本の学会の”権威”と呼ばれる人たちが古い手法にしがみつき、「赤木法」を冷ややかに受け止めるコメントが掲載されています。

熊本県は1997年、「3年連続して水俣湾内の魚介類が基準値を下回った」として安全宣言を出し、仕切り網を撤去、漁業が自由になります。その後、熊本県は毎年魚の水銀値を測定していき、2004年の調査ではカサゴのメチル水銀値が0.36PPMでしたが、総水銀規制値の0.4PPMは超えないと判断します。これに対して国立水俣病総合研究センターの松山明人センターリスク評価室長らがカサゴを含む3魚種で測定した結果は、平均で0.42PPMでした。なぜ、このような差が生じたのでしょう? 

熊本県の調査は「??法」、松山室長らの調査は「??法」と、???測定方法で行われたためだったからです。その後、1969年から30年以上たった2004年に行われたテレビのインタビューで、熊本県が設置した検討会議の会長をつとめた、いわゆる学会の権威が「メチル水銀がどこでできるかわからない」などというトンデモ発言をし、本書で痛烈に批判されています。

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今もPFAS(有機フッ素化合物)が深刻な問題になっています。国際基準が厳しくなる中、立ち遅れる日本。わたしたちは報道される数字に目を光らせ、今や簡単に手に入れられる国際情報と徹底的に比較し科学的情報をもとに行政に要求していかなければなりません。

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