スポンサーリンク

今を生きる思想 マルクス 生を呑み込む資本主義

クイズ付き書評
スポンサーリンク

Youtubeの番組「白井聡 ニッポンの正体 呼び出されるマルクス」で今、再びマルクスに注目が集まっていると知り、ソ連崩壊で共産主義が敗北したのに、なぜ今マルクス? と思ったので、読んでみました。

大学の第二外国語選択がロシア語(*注1)だった愚者(サイト主)は民青主催の無料新歓合宿でインターナショナルの歌を歌ったりもしたことがあり、社会主義関係の本は多少、齧っていました。

お茶の水の駿台予備校高校生クラスに通っていた時、よく旭屋書店水道橋店に立ち寄っていたのですが、水道橋店はなぜか社会科学系の棚が充実していて、青木書店、大月書店、社会思想社、現代思潮社(現:現代思潮新社)の本や東洋文庫などをよく眺めていたものです。一次試験の社会選択を世界史・政経にしたのも水道橋店に負うところが大きかったので、閉店のニュースを聞いた時はとても悲しかったです。リアル書店が少なくなった今の学生も気の毒ですが、これも本書の中で最も大事な言葉である「包摂」が深化した弊害と言えるでしょうね。

3章からなる本書は、どの章もコンパクトに分かりやすくまとまっていて、しかも目から鱗な新しい示唆に富んでいるので、ワクワクしながら読み進めました。

第1問)第1章「思想家マルクスの誕生」では、ヘーゲル左派の一員から出発したマルクスが、同時代の思想に、どのような批判的考え方を持ち、マルクス資本論に至ったかを解説し、なぜ共産主義革命や社会主義社会によって資本主義社会が崩壊しなかったのか、そのため顧みられなくなったと思われたマルクスが、なぜ今、再び注目すべきなのかを端的に分析していました。

要点をまとめると、

マルクスの資本主義分析は非常に鋭かった→それゆえ「資本主義社会が??で崩壊するという結論」に注目が集まりすぎた→資本家から財産を没収して公有化するなどの???次元で革命を起こした→ソ連崩壊や中国の市場経済移行など、社会主義は失敗した(*注3)。

そもそもマルクスは「資本の他者性」を見抜いていた→???次元での批判では資本主義は崩壊しない→資本主義が崩れるのはそれ自身が持つ????によってのみである→行き過ぎたグローバリゼーション、新自由主義などの弊害が生じている→マルクスの言う「包摂」の深化が顕在化している!→再び注目が集まった。

というわけなのです。

正解はこちらをクリック


第2問)第2章「『資本論』の世界」では、アダム=スミスなどの古典派経済学労働価値説を批判し、マルクスの資本概念の最大の特徴であり、世界把握の最大の貢献である「資本の他者性」について解説しています。

古典派経済学=資本主義社会は「商品経済が存在する」、「貨幣が使用されている」社会。自然発生的な社会であり、人類社会の常態である。
これに対して、
マルクスの言う資本主義社会は「エンクロージャー、産業革命で、土地商品化し、浮浪民という賃労働者が発生して初めて生まれる特殊な社会」(労働力と土地の商品化)である。

また、

労働価値説=あらゆるは人間の労働で作られるのだから、価値の本源は労働にある。労働を卑しむ貴族を批判する、民主主義、人民主義的な考え方
これに対して、
マルクスは価値形態論を展開。労働商品化されて初めて諸財交換可能になる。近代社会は商品所有者が平等な社会商品物神・貨幣物神・資本物神強大な力を持つ社会*注2)であるという考え方。

資本の他者性」=「人類にとって資本は他人」とはどういうことでしょうか?

どこかで不平等交換が行われなければ価値増殖は可能にならない。剰余価値は労働力から生まれる(労働は賃金支払を受けない部分に分けられ、2つは一体化して区別できない)。

剰余価値を増やすために、長時間労働や児童労働が行われたが、それには限界があり、社会は生産性向上による生産力の増大を目指して行った。

だが、技術革新や発明は、人間の幸福を??としたものではない資本自身の内在的衝動であるとマルクスは分析する。資本は人間の道徳的意図や幸福への願望とはまったく無関係のロジックを持っており、それによって??している。

資本は、ただ盲目的な、無制限の????の運動でしかない

これが「資本の他者性」なのだとマルクスは見抜きます。さらに「他人である資本」は「消費社会」と「法人」を生み出しました。

もう別に何も要らない」という心境になることは資本にとって不都合。よって広告などで欲望を掻き立て続ける。それが今の消費社会を生んだのです。

株式法人によって所有されるようになって人格としての資本家は消える。だが資本は消えない法人資本主義によって資本の他者性は完成したと言えます。

正解はこちらをクリック


第3問)第3章「『包摂』の概念、『包摂』の現在」では、マルクスの言う「包摂subsumption」という概念を説明しています。この『包摂』が本書で最も重要なポイントです

包摂資本主義システムが人間の全存在を含むすべて、自然環境を含む地球全体を????こと

資本とは価値増殖の無限運動ですが、自然全体が「価値」という得体のしれない何かに?????、増殖するための手段にされてしまうのです。

正解はこちらをクリック

包摂は2つの段階を経て行われました。

形式的包摂」……労働者が賃労働するしかなくなる。資本家の指示で長時間働く。 資本の増殖運動に加担する

実質的包摂」……労働者自身が生産性向上の追求に巻き込まれる分業・機械化。 資本の増殖運動の部品化する

包摂が進んだ結果、大量生産が行われ、世界恐慌が起こりました。また、体外膨張政策は帝国主義政策=世界戦争に発展しました。

この反省から

ケインズ主義=国家による財政出動

購買力を増やす大衆消費社会フォーディズム(ヘンリー・フォードが自社の自動車工場で行った生産手法や経営思想のこと。労働者階級の中流階級化、階級格差の縮小、平和、社会主義の敗北が起こる)

が出現しました。

フォーディズムと同時にテイラー主義(科学的管理法)も導入されました。
 日本におけるトヨティズム、トヨタ自動車の「カイゼン」(労働者までも生産性向上に参加)。

しかし、このフォーディズムは労働者にとって毒饅頭でした。

19世紀的労働者は貧しくても社畜ではありませんでした。フォーディズムで労働者は社畜になりました。「実質的包摂」が進み、労働運動の主目的が「賃上げ」に変移し、工場外でも健康であり続けることや良き消費者であることを期待されるようになりました。

資本の利益」と「労働者の自己利益」が同一視されすべての労働が自己のための労働に見えてしまう錯視が強化されました。

最後に著者は、最良の労働者が誕生した新自由主義段階の包摂について、包摂の深化がいよいよ顕在化していると分析します。

ケインズ主義も功を奏さないほど、経済成長は鈍化し、スタグフレーションが発生、そこで登場したのが新自由主義でした。規制緩和、小さな政府、民営化サッチャー、レーガンの時代。自己責任論、市場原理主義がはびこりました。

結果、中流階級の崩壊による再階級社会化社会不安の増大が起こり、一方で経済成長の復活は実現しませんでした。40年経って新自由主義への批判が高まっても、組織的抵抗は弱体化しました。その最も顕著な原因は、人々の抵抗の意思の衰微だと著者は指摘します。労働争議は減少し、ストライキは多くの人々にとって煩わしいものになってしまいました。

今や精神までもが包摂されている段階に来ています。資本に奉仕しているにすぎないのに、自分は自由で進歩的であるかのように思い込む心性が蔓延していると。

包摂の高度化例として、オリエンタルランドのパワハラ事件居酒屋甲子園が挙げられています。資本から見るとこれ以上の最良の労働者はありません。

資本家同士が激しい競争をしているのと同じく、労働者同士も自らの労働力商品をより有利な条件で売るための競争を強いられています資本への積極的隷属が自己利益として認識されるとき、資本にとっての「最良の労働者」が生まれます資本のロジックが存在する限り、労働者の団結はある意味、不可能なのだと。今やそのロジックの完全な実現は近づいている。労働者が純粋な労働力商品の所有者になってきているからだと著者は訴えます。

また、消費社会は人間に受動性をもたらしたとも指摘しています。

買いたいものが無いのでなにも買わずに帰る=投票したい候補がいないので選挙に行かない。

今や「やりがい」や「仲間」も、資本から与えられる買わされる商品(低賃金の補償)となっているのだと。

さらに、資本の他者性は閉塞をもたらします

すべてが商品化された今、包摂されていないものは何も無い。それが今の閉塞に繋がっていると。

私たちは、フォーディズムで一瞬「資本の他者性」を見失いましたが、今や、新自由主義で猛烈に「資本の他者性」に回帰しています。じゃあどうしたらいいのか? という問いに対して、著者は「提案はできないが、再びマルクスの分析を使って、資本の姦計を見抜かなければならない!」と結び、この本は終わっています。

本書のあとがきの「包摂」例も面白かったです。

ブラックバイト学生が逃げ出さないのは、今の学生に「逃げ出す」発想がそもそも無い!からと指摘しています。江戸時代、封建社会の百姓でも苛政に耐えかねれば逃散したのに。人間の魂も資本は包摂するのです。

人間だけでなくすべての生をも包摂する、グローバルなエコロジー危機が起こっていますが、自然科学分野にも包摂が進んでいると言うのです。「生物学が医学に呑み込まれつつある」という警告には戦慄しました。好奇心だけで研究したいというのはもはや通用せず、医療に応用できる=大きなビジネスになりうる研究だけが、資金を集められるようになっていると。その結果がSTAP細胞論文捏造事件につながったというわけなのです。

なるほど、そうか! そうだったのか! 私たちの気づかないところで包摂は広がり、深化しているのですね。

ところで本書の中で「家父長制」が「封建社会」と並ぶ、古い時代の社会制度として併記されている箇所があって、ちょっと気になりました。

ちょっと待って。

日本はまだ「家父長制」なんですけど。

非正規労働者が増加したり、さまざまな公営事業が民営化され、新自由主義が進む一方で、選択的夫婦別姓や同性婚すら認められなかったりする理不尽な日本社会。個人を識別するためのマイナンバー制を進めるべきだと言いながら、戸籍制度は残り、世帯主が家族の給付金を吸い上げる。

社会や家庭のヒエラルキーの底辺に置かれた女性たちの溜まりに溜まった不満がそろそろ爆発してもいい頃なのでは? と感じるのは愚者(サイト主)だけでしょうか。

万国の女性たちよ団結せよ!

注1

ロシア語に興味を持った理由は、共産主義とかとは全然関係なく、「ニジンスキー」に興味を持ったからなのです。当時最初に読んだ「ニジンスキーの手記」は今、完全版が出ているようですね。

そしてニジンスキーに興味を持った理由はルドルフ・ヌレエフ主演、ケン・ラッセル監督の映画「ヴァレンティノ」を見たためです(笑)。ケン・ラッセル監督の映画はどれも好きです。

ルドルフ・ヌレエフやバレエに興味があったのは、山岸凉子先生の「アラベスク」やクラシック・バレエを習っていて、研究所の助手にまでなっていた姉の影響です。今も「絢爛たるグランドセーヌ」とかハマってます。

ロシア語の教本はNHKのラジオ講座以外だと岩波の「新ロシア語入門(石山正三著)」がダントツで良かったです。岩波の語学本はカセットテープ版も発売されていて、教養が自然と身につく格言や古典の引用も豊富で、独学には最適でした。第3外国語はフランス語だったので、「新フランス語入門(前田陽一、丸山熊雄著)」も買いました。今では絶版になってますが、電子版やWeb版などで是非、復活させてほしいものです。

レフ・ヴィゴツキーについての教育心理学授業を受けた際、担当の柴田教授からロシア語の塾(本業は出版社)を紹介されて、しばらく通っていた時期があります。愚者(サイト主)はあまり出来の良い生徒ではありませんでしたが、生徒の大半が社会人だったので、いろんな体験が出来て楽しかったです。貧乏だった愚者(サイト主)にとっての、人生初のスキー体験もその塾の旅行に連れて行ってもらったおかげでした(社長の知り合いの別荘に宿泊)。スキーツアーの参加者はモスクワ大学留学中に結婚相手を見つけた国際結婚カップルがメインで、ロシア人の奥様たちが皆さん、めちゃめちゃ美人でした。まさに八頭身! 旦那さんたちはNHKの社員、朝日新聞社の社員、テレビ朝日の社員とかでした……etc。今では考えられない時代となってしまいましたね(遠い目)。

注2

前近代社会金銭欲貨幣それ自体への欲望。貨幣退蔵という倒錯した欲望)を戒める宗教的ないし非宗教的な規範を有してきたが、資本主義社会ではこの規範は無効化する」とマルクスは指摘しています。「個人レベルでは人生訓として有効性を保ったとしても社会全体構造のレベルでは無効化する」と。

イスラム主義政治を行うトルコのエルドアン大統領は「『弱者』にやさしくするという『イスラム的公正』」にかなった政策として、富の再分配(特に住宅政策)を行なって人気を得ました。宗教的施策が新自由主義を代替すると分析する人もいるようです(イスラームにおける弱者救済の福祉制度)。

第1章で著者は宗教批判を行なったフォイエルバッハからマルクスは疎外の概念を「労働」に適用したと指摘しています。

フォイエルバッハ:神の属性とされている「真・善・美・完全性」は本来、人間の理想。宗教はこれを神のものにして人間の手の届かないものにした。神は人間の支配を正当化する道具になった。神は人間から「疎外」された存在になった

マルクス:資本主義社会のもとでは、労働者は自らの生産したものに支配される資本は労働者から「疎外」された存在になった

資本主義社会と宗教社会とは相容れないわけですが、トルコの女性への弾圧ぶり(トルコ、女性へのDV防止条約から脱退)を知ると、女性の幸福のためには、政教分離はやっぱり必要だなと思ってしまいます。

戦争で真っ先に犠牲になるのは女子供なのに、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻や台湾有事で軍拡化に歯止めがかからない日本……
女性に犠牲を強いる宗教団体に選挙が牛耳られる日本……
非正規労働者が増え続け、ますます男女の賃金格差が広がる新自由主義の日本……

日本女性が生きやすい場所がどんどん狭くなってきている現在、日本には新しい「女三界に家なし」時代が到来しているのだなと感じています。今や日本社会が持つ内的矛盾によって、出生率が低下し、日本社会そのものが崩壊しつつあるのかもしれません。

注3

ソ連の崩壊、その前のベルリンの壁崩壊は社会の不自由さ、政府の抑圧・強権への民衆の怒りや反発が頂点に達したためだと思うけれど、社会主義=全体主義の不自由さの弊害に対してマルクスがどう言及していたのかも、是非、分析してほしい。

クイズ付き書評
スポンサーリンク
シェアする
愚者をフォローする
スポンサーリンク
愚者の力 / The power of fool

コメント