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1998年7月20日
 高校野球の夏の予選が真っ盛りだが、大会主催者朝日新聞の手前味噌報道にも拍車がかかってきている。19日付の朝刊では、一地方大会の模様を第一面に掲載するほどの力の入れようだ。
 同記事は、青森大会の東奥義塾と深浦の試合を「122対0 勝敗越え激闘」との見出しで紹介。これには、122対0の試合のどこが激闘なのか、力で上回る者が弱い相手を一方的に叩きのめしただけではないか、と疑問を持つのが普通だ。見出しはこれを「勝敗を越え」た次元の物だとし、リード文で「暑さと疲れに耐え、最後まで真剣勝負を繰り広げた」と持ち上げている。この手の安っぽい惹句は朝日の定番商品だ。途中でやめたいと思った選手もいたのだが、周りの熱気に押されてその思いは声にならず……。まるで先の大戦の集団自決の話を聞いているようだ。戦時中の玉砕美化報道と何ら変わりがない。
 常々筆者は、朝日で高校野球報道に関係する方々は隠微なご趣味をお持ちと拝察している。苦痛に苛まれる他人を見るのがそんなにお好きか。青い空、真夏の太陽とのコントラストが実にシュールだと申し上げたい。
 同日付19面の関連記事で堀川記者は、「選手の健康こそ第一に」としながらも、選手の中に故障者が出ているのに何の対応もしなかった大会関係者にはまったく批判を加えていない。記事によると日本高野連事務長は県高野連に対して「健康問題以外の理由で試合をやめさせることはできない」と指示している。県高野連は得点差だけでなく、深浦の投手のヒジの痛みについて日本高野連に報告し対応を協議したのだろうか。明らかに選手の健康状態が悪化しているのに試合を続行させたことは非難されて当然だ。この記事は身内に甘いなれ合い報道である。
  観客の減少に危機感を持ち始めた朝日と高野連は巻き返しに躍起といったところだが、そもそも全く私的な利益の為に巨大メディアを使いあたかも公平な報道として世論を誘導しようと企むこと自体、犯罪的行為なのは言うまでもない。

1997年8月22日
 今年の甲子園も8月21日に終幕を迎えた。
今回は開会式での司会進行役や入場行進の先導を高校生がつとめるなどして、「生徒が主役」というムードを高めていた。朝日はさも画期的な出来事のように一面で扱っている(8月8日付夕刊)。しかし、内実はお仕着せであり、その裏で主催者は沢山の収益を懐に入れている。主役がただ働きという演劇など聞いたことがない。
 そのほかの報道でも旧態依然とした内容が目立った。
 ある出場校の監督などは、ふたことめには「私の野球、私の野球」とのたまって、まるで自分が中心で選手は道具であるかのような振る舞いであった。こんな指導者はさすがに減ってきてはいるが、これを強調し報道した朝日放送にはおおいに罪がある。選手たちには気の毒だが、この学校が早々と姿を消したのは良いことだった。
 また、ヒジに故障をかかえる投手へのインタビューで同局は「痛みはあるが、これで野球人生が終わってもいい。甲子園で投げられるなら……」などと言わせていた。本人がこの後どんな進路を選択するかは別として、現在身体に傷害を負っているのにそれをことさらに美化し、さらに怪我を悪化させるような方向にしむけるのが大人のやることだろうか。これを虐待であると言っても言い過ぎではない。少年への虐待をもって利潤をあげるのは犯罪だというのを知らないはずがない。過去の数々のそのような事例に対しては批判報道をしてきたはずだろうに。自らの行為には頬かむりか。

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